投資と投機

投資と投機を識別でき、理解するには時間がかかります。現代の金融市場では大幅に情報技術の進化の恩恵で、売買取引が容易にできるようになり、そのための数値的情報が大量に提供されています。

したがって普通の証券売買のメカニズムも投機的に大幅に偏っているのですが、それが表面的には識別が困難です。そのために、どうしても具体性を欠いた説明しかできないようです。

個人リテールに関してはそれが顕著です。本来は間違った説明なのですが、それを見るため、貯蓄と投資、投機についての全国銀行協会のビデオを見てみましょう。

 

 

さて、ご覧いただいたように、ここでの説明によると貯蓄:お金を蓄えること投資:将来を期待できそうな投資先に長期的に資金を投じること

投機:相場の変動を利用して利益を獲得すること

と定義されていました。しかしこれでは投資と投機が区分ができません。

また、そもそも投資のリターンは市場価格の変動と配当もしくは買戻しなどの還元の合計です。したがって相場の変動によって利益が生まれるという定義は、投資を排除できず、そして市場での有価証券の売買一般に当てはまります。

つまり、この投機の定義では投資をのぞいた集合を作れません。二つは一部が重なっているというより、この投機という定義の中に投資が部分集合として存在しているように見えます。

また短期と長期という保有期間の違いは確かに重要ですが、ここでいう長期の=将来に期待してという文脈であれば、短期の投機の中には将来性を期待させるストーリーへの心理的バイアスのうねりが価格指向の市場投機を生むことがあります。

つまり将来を期待して投資することは大きな投機を生む価格変動の原因ともなり、純に価値指向の投資固有の属性とは言い難いわけです。

全く利益がないどころかビジネスモデルまで無かった事業の箱に対して、大幅に高い価格がつけられていた所謂インターネットバブルはまさにこの顕著な例でした。将来といった場合に、それが意味しているゴールとそれまでの道のりを看過しては、思い込みという幻想で売買をしているにすぎません。

 

日本で投機がより支配的な理由は、バブル以降未だにボックス圏相場から脱していないので市場全体への文脈では長期保有によっては報われてこなかったことと、後段で述べる理由があります。そして投資と投機の形の概念がこのビデオのように日本で不明確なのは、それ自体が存在していない=ほとんど投機的な取引により支配的な影響を受けている、という現実による影響が大きいでしょう。

では、より的確な定義は何になるのでしょうか。お時間があれば[投資と投機]をクリックしてサーチしていただければいくつものエントリーが表示されますが、一般的見解は

• 投資とは会社が成長するという将来性によって実態価値があがり株価が上がる。

• 投機とは企業内容などとは関係の無い株式(または為替)の売買を短期に繰り返すことで株価のキャピタルゲインという“利ざや”を目的をする。

ということがどうも共通しているとらえ方ではないかと思います。みなさんはどうお考えでしょうか。

さて、これらを見ても依然として自分の心は全くしっくりと感じられません。では先人たちはどのように表現しているのでしょうか。現在の情報ではなく、歴史や過去を参照することは、人という感情によるバイアスを制御するには最適の方法です。

ベンジャミン・グレアムは証券分析の第4章でこのように述べています。

“投資活動とは徹底的な分析に基づいて、元本の安全性と満足すべきリターンを約束する行為である。これらの要件を満たさない行為は投機である。”

ただこれだけではその言わんとすることがつかみにくいと思います。なぜならば、グレアムはここでいう分析とは何かについて、また分析結果の解釈や限界などについて、別の複数の個所でバラバラに言及しており、全体像はそれらを見る必要があります。また彼の見解は初版1934年当時の金融市場の文脈をベースにしていて背景が異なります。(興味を持たれた方のために一言残しておきたいのですが、できれば原著をお読みいただければと思います。むろん大変読みにくい面があります。表現が現代の英語ではありませんし、構成が整理されているとはいいがたいと思います。

また、ほぼ同時期にケインズの一般理論が出版されていますが、奇しくも同様に読みにくく、しかし同じような投資市場の問題に言及していますね。しかし、大変残念ながら出版されているグレアムの現在の日本語訳は、私が見る限り部分的に非常に落胆する出来で意訳を超えた部分が目立ち、必ずしも原文の意図を伝えていないからです。)

彼の言わんとした骨子に含められるものには:

1)財務分析を丁寧に行いそこから正確に自己資本などの計量財務情報を読み取る(当時は会計原則、監査基準、決算情報の公開などのルールが不備で、現在のように発表後即時に反映され主な財務指標などは数時間ですぐにほぼ世界のすべての公開企業の情報が手に入るツールやデータベースなどありませんでした。)

2)将来の予想よりも過去の実績をベースにした予想による不確実性を極力排除する(これは外的状況が変化すると予想がいかに困難か、そして徹底したリサーチを行っても幅は狭まるが、未来の不確実性はなくならない。米国の機関投資家としての企業調査経験から言っても全くその通りですね。蛇足ですが、Bill Ackmanの失敗した投機やSteven Cohenのインサイダー取引まで行ってしまった調査を見ていると、いくら完璧に近い細かな調査をしても事業の性格や構造、外部環境によっては大きなエラーを生むことを避けられないし、大きなリターンを求めればなおさらそうだということに思えます。

自分は80年代から様様な状況下で数知れない多数の未公開・公開企業を日米欧で見ておびただしい事業・財務予測も見てきました。それでもこう言わざるを得ないですし、したがって調査でわかる現実的限界を理解して、対象をどう絞り込むかを集中投資の時には相当考えていないと、状況が変わると過去の実績は役にも立たないということですね。自分の経験では、集中投資を理解している優れた人間ほど、自らの現実的限界や市場という不確実性も正しくそして謙虚に理解して不安定性を減らしながら高いリターンを確保する工夫を常に考えています。)

3)安定的な質的要因を重視し、その上に徹底した調査を行う。不確実性が高い事業や状況では調査を行っても、委託した資金を投資するための十分な信用に足る調査結果が得られない。

これらがクラシカルな意味での投資という行為の資質をよく描写していると思います。

さて、しかし現代的な文脈では投資のこの定義はあまりに拘束的です。いくつもの状況が変化しています。アメリカでの当時の最大の産業は鉄道でした。今はソフトウェアやインターネット、サービス指向の新しい事業、またヘルスケアや産業機器など多様な事業・財務モデルの企業が現れています。これらの企業の価値評価は、グラハムの精神の延長線上をとらえねばなりません。ここで、一つの例ではありますが、重層的事業という事業モデルの見方をご紹介したいと思います。

これは事業形態が主に二つの層で構成されていて、最初の層がその上の層の事業の基盤を作るといった形の事業です。いわゆる装置が第一層で、サービスや消耗品などがその上にくる第二層ですね。

例えばプリンター・コピー機。残念ながら印刷枚数自体が伸び悩んでいますので、今は投資という資格を与えられるだけの安定した展望がある事業とは言えませんが、事業の形という点だけをお考えください。こういった事業では、装置を第一層として設置すればそこから収益が上がり続けます。また自動販売機などもよい例でしょうか。むろん最初の層にあたる事業の環境変化(技術や新規参入など)に対して、その層の事業としての強さ・または弾力性がどの程度あるのかは、重要なポイントですが、しかし少なくとも事業が単層型の形態になっていては、連鎖して昇華していく分厚いエコシステムを作り上げる事業には決してなりません。そういった事業はたとえ将来大きくなり成長しようとも、再帰性がなければ長期の見通しがないことになります。

最初に見たビデオでいえば、不確実な未来を前提にした将来性のある事業にお金を配分するのではなく、将来が確実で(ただ安定している事業というのとは異なります)それは構造的に雪が積もるようにゆっくりと重なって分厚くなる構造的仕組みを事業として備えている、そういう事業にお金を配分すること、ですね。これはある一つの形の表現型ですので、これだけが私が事業の中に見出す投資の形ではありませんが。

唯一ではありませんが、投資という概念に合致する事業は、こういった循環するエコシステムの形を持つ重層型の事業によく見られます。投資調査としては、競合や類似した技術や事業の形を現在から過去に求めて、そこからある一定範囲の将来の行く末への確度を高めていきます。

さてそこで重要となるのが投下資本利益率(ROI)というものです。ご存知の方も多いと思うのですが、定義はWikiに任せたいのですが、私の申し上げたいのは、循環するエコシステムとしての企業財務・事業を測るときの、循環効率がROIだということです。すなわちこれが高ければ、よりたくさんの実や種子が得られます。したがって事業価値(本質的価値)を評価する時の一つの物差しになります。だから、日本版スチワードシップ原則などでもそれが重要視されているわけですね。

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さてこの違いを比較してみましょう。

上記の二つのチャートは欧米日の3つの地域の過去8年間の比較で、一つ目は全産業、そして二つ目は消費循環産業の比較です。エネルギー業界の影響が大きいためそれを除いた傾向を見るために二つのチャートを使いました。

さて過去からのROIのトレンドは、市場全体の数値で見ると下落傾向になっており、それは良くない兆候に見えますが、これはほとんどがエネルギー業界の影響によるものです。また消費循環産業を見れば2012年以降は欧州での若干の弱含みはあれど、安定しているようです。そして地域ごとにある一定の異なる定常的水準が存在するようです。

ROIの安定した高さは投資を質的に改善します。安定した事業であるほど投下した資金の循環効率が高いからです。それは前述した重層的な事業による効率性とも重なります。USの事業がROIが高いのは、単に経費構造や販売形式の違いなどの問題だけではなく、事業構造のアーキテクチャーがそういったROIへの意識を強く反映しているケースも少なくないと感じます。

そしてそれは、投資と投機という軸で見ると、やはりUS株式により多くの候補を見つけやすいという経験的事実とも合致しています。なぜならROIが低ければ何らかの一時的な変動があった場合により大きな影響を財務結果に与えてしまうので、持続性を前提にした投資としての選択よりも、一時的な不振や問題からの回復といった、確実な分析ができない投機的不確実性がより多く存在します。そして、投機的割安投資が市場では一般的となり、また投機が成功すれば極めて高いリターンがその高いリスクを取った代償として得られる経験が成功談として蓄積されます。

そして上手な投機と投資の境目が見えなくなってしまいます。多くの機関投資家も上手な投機のための調査を進め、決算でのサプライズや予想との誤差を短期で追い求めて行き、それを支えるための証券業界の情報やアドバイスも氾濫します。こうやって企業側も金融市場側も構造的に市場での投機に傾いた仕組みへ組み込まれていくことになります。

長期投資とはそういった不確実な割安さを株価の安全域の判断には使わず、むしろ循環系の弾力性や強さを長期的な安全域の自足性を守る要因として評価するものです。株価そのものが見た目や株価倍率などで低いことと、本質的に安いこととの間に大きな亀裂があることを忘れては、本当に保守的な投資ではなく、危険な低株価投機に陥る恐れがあります。

またよく誤解があるのが、参加型で企業を応援するというお金の配分を投資と見なされていることです。一般にこれはSpiritual Fundingと呼ばれるものに近く、上述した投資の安全性の基準を満たしていません。むしろ寄付金に近いのではないでしょうか。助け合う仕組みは、社会経済的な構造や問題を補完する点で大変尊いものだと思いますが、その性格は投資と同じではありません。なぜなら、投資とは資金の向かう方向を自ずと促して、より多くの力強く成長する芯の強い主体に資産を配分するものでなければ、エコシステム全体を弱くしてしまうからです。システム全体としての経済のエコシステムは自ら自律的循環性を持つものです。社会貢献は素晴らしいものですが、寄付という人の素敵で温かい善意が意図的に(しかし一見優しい羊の顔をして)利益主義の金融業のマーケティングのテコとして時として利用されてしまうことにならないかをむしろ危惧しています。

かように、投資と投機という行為には違いがあるのですが、構造的に投機的情報にしたがって動く仕組みが慣習としてビルトインされている市場では、市場指向で価格指向の投機が常に多数派で主流派になります。このサイトでも繰り返しておりますが、価格指向と価値指向とは強く対立するアプローチなのですが、それは真に考え抜く方だけが理解できる構造です。市場という多数派の支配する世界においては、常にマイナリティーでしかありえません。

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